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紙片に描かれる職人の記憶 阿波和紙・アワガミファクトリーがつなぐ伝統

徳島県のほぼ中央、吉野川市山川町。南には「阿波富士」とも呼ばれる高越山がそびえ、山あいを縫うように流れる川田川は、やがて雄大な吉野川へと注いでいく。

山には楮(こうぞ)をはじめとする植物が育ち、地下には清らかな伏流水が流れる。紙を漉くための原料と水。双方に恵まれたこの地では昔から人の手によって紙がつくられ、いつからか阿波和紙と呼ばれるようになった。

現在も川田川の伏流水を使い、高越山系に自生する植物と深く関わりながら阿波和紙をつくり続けているアワガミファクトリーの中島茂之氏に、話を聞いた。

暮らしとともに受け継がれてきた阿波和紙

阿波和紙の歴史は、およそ1300年前まで遡るとされる。朝廷に仕えていた忌部族が阿波の地に入り、麻や楮を植えて紙や布をつくったことが始まりとされ、9世紀初頭の『古語拾遺』には現在の吉野川市周辺が「麻植(おえ)」と呼ばれるようになった記録も残る。

江戸時代には阿波藩の藩札や奉書、画仙紙などがつくられ、全国へ流通。明治期の最盛期には吉野川流域に約500戸、川田川流域だけでも約200戸の紙漉きの家があったという。水に強く、破れにくく、独特の風合いを持つ阿波和紙は、1976年には国の伝統的工芸品にも指定された。

その丈夫さを支えるのが、楮や三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)などから得られる長い植物繊維だ。ただし、自然由来の素材である以上、同じ材料を使えばいつも同じ紙ができるわけではない。

「紙漉きは、料理とよく似ているんです。例えばお米でも、新米と古米では水の量や炊き方を変えますよね。楮も採れた時期や場所によって状態が違います。水も気温によって変わる。最終的には職人が素材を見て、どう扱うかを判断しなければなりません」

レシピだけで、紙は漉けない。自然の微細な変化を読み取り、その日の状態に合わせて手を動かす。そこに、長い年月によって蓄積された職人の経験が宿る。

和紙を伝統から解き放つ

洋紙やデジタル機器が普及した現代、和紙の用途は大きく変化し、需要も減少。現在、この地域で紙づくりを続ける事業者はアワガミファクトリーのみだという。同社は製造技術だけでなく、加工、商品開発、販売までを担い、多様なノウハウを蓄積。

「明日の文化と郷土の伝統を真心で漉き世界に伝えます」を経営理念に掲げ、和紙を守り継ぐだけでなく、新しい素材として研究開発を推し進めている。

「写真やデジタルアートをプリントできる『AIJP(アワガミインクジェットペーパー)』の開発に象徴されるように、和紙を『伝統』として固定するつもりはありません。時代によって変わりゆく用途や需要に合わせ、理想的な和紙をお届けするのが、私たちが目指すべき継承だと考えています」

水が模様を描く「麻落水紙」

そうしたアワガミファクトリーの精神は、GARRACKとの取り組みにもつながっている。『進撃の巨人』とのコラボレーションで文字盤やベルトに採用された「麻落水紙(あさらくすいし)」も、不断の研究開発の末に生まれた和紙だ。

麻の長い繊維を残したまま漉き込み、紙が乾く前に上から水を落とす。すると水滴の力によって繊維が押しのけられ、大小の穴が生まれる。その水の痕跡そのものが「落水模様」となり、繊維の流れと重なって、複雑な表情を描き出していく。

「水の力によって自然に表される模様には、独特の魅力が宿ります。もともとは30年ほど前、花を包むラッピング用につくった和紙だったのですが、その後は透過性を生かしてインテリア製品や内装材、アート作品に使われています」

人の手と染料がつくる「もみ染め紙」

劇場版『チェンソーマン レゼ篇』とのコラボレーションでは、「もみ染め紙」が選ばれた。

ベースは、長い繊維を持ち、水に濡れても破れにくい楮の和紙。それを一枚ずつ人の手で紙を揉み込み、しわをつけた状態で2~3色の染料に浸していく。染料はしわに沿って紙の中へ染み込み、にじみ、重なり合った結果、複雑なグラデーションが出現する。

同作ではチェンソーマン、ボム、マキマ、早川アキというキャラクターごとに色を設定。イエローからオレンジ、紫、赤、青といった色彩を、単色ではなく複数の染料の重なりによって表現した。

「色を決めれば、その通りに染まるというわけではありません。同じ紙でも、染まり方やにじみ方は違います。職人が色をつくり、実際に染めながら調整して、納得できるものに仕上げていくんです」

チェンソーマンモデルの黄から橙へと揺らぐ色も、ボムモデルの濃淡を持った紫も、職人の勘と偶然性によって生まれた色彩だ。

際立つ「一つとして同じものがない」という価値

水の力を利用した麻落水紙も、染料のにじみを生かしたもみ染め紙も、一枚たりとも同じものはない。時計というごく限られた面積であっても、水が穿った模様や染料がつくった濃淡はすべて異なる。中島氏は、そこに腕時計と和紙の相性のよさを見る。

「腕時計は一人がひとつ身につける、貴重なもの。まったく同じ柄や色が存在しない阿波和紙ならでは特徴は、格別な価値を提供できると思います」

阿波和紙を用いたGARRACKの腕時計は、職人の手と自然とが最後の個性を与え、自分だけの時計という付加価値を味わうことができる。

紙が減る時代だからこそ紙の価値が高まる

GARRACKは日本を代表するキャラクターと、伝統技術やファッションの融合をブランドのひとつの軸としている。腕時計をきっかけに、阿波和紙と接点のなかった人たちとの出会いも実現する。

「アニメーションは、今や日本を代表するコンテンツですよね。一方で和紙も、日本を代表する素材として世界へ発信できる素材。こうやって両者が手を取り合えたのは、すごくうれしいですね」

時計の文字盤やストラップから、工芸の背景にある土地や人へと興味が広がっていく。その入口を増やすことも、伝統を未来へつなぐ方法のひとつだ。

「デジタル化が進む今、紙の使用量は今後も減っていくと思います。しかし、和紙ならではの魅力や触れたときのよろこびが弱まることはないでしょう。製造過程を見たり紙漉きを体験したりすることの価値も、もっと大切になっていくのではないでしょうか。全体量は減っても、和紙の価値はいっそう高まっていくと思っています」

吉野川の地で生まれた阿波和紙は、時代ごとに新しい居場所を見つけながら、変わらない魅力を伝え続けてきた。水と植物と人の手によって紡がれた物語は、今、GARRACKの腕時計に姿を変え、世界にひとつだけの景色を刻んでいる。

中島茂之氏

徳島県出身。大学卒業後、約2年間の海外留学を経てアワガミファクトリーの母体である富士製紙企業組合に入社。製品づくりや営業を通じ、顧客の要望を和紙という素材で形にする仕事に携わる。
2024年3月、同組合代表理事に就任。伝統技法を大切にしながら、新たな用途や表現へと和紙の可能性を広げている。

TEXT:横山博之

【プロフィール】
「MonoMax」「時計Begin」などで執筆。時計をはじめ、カバン、靴、革小物など、男のライフスタイルを彩るに欠かせないモノに詳しいライター。ブランドの歴史や製造背景への洞察をベースに、モノの魅力をわかりやすく解説。時代を塗り替えるテクノロジーや新たな文化の潮流にも鋭く目を向ける。