日本海から吹く潮風と、立山連峰から流れ込む豊かな水に恵まれた高岡市。その地で400年以上にわたり受け継がれてきたのが、高岡漆器だ。なかでも螺鈿細工の一種「青貝塗」は、高岡を代表する加飾技法として知られている。
同地で伝統を受け継ぐ武蔵川工房の4代目、武蔵川剛嗣氏に、螺鈿という工芸の魅力と、その技術を現代の腕時計へと落とし込む挑戦について話を聞いた。
貝殻の真珠層を用いて文様を描く螺鈿。その起源は古く、中東からシルクロードを経て中国、朝鮮半島、日本へと伝わったとされている。加賀藩2代藩主・前田利長が高岡城を築いた慶長年間、全国から職人が集められ、螺鈿の技法もこの地に根付くことに。
特に高岡では、アワビ貝を極限まで薄く削る「青貝塗」が発展し、全国でも類を見ない独自の文化を築き上げてきた。明治43年(1910年)創業の武蔵川工房は、その伝統を現在まで受け継いでいる。
「高岡では昔から螺鈿の技術が非常に発達していて、塗り面が見えなくなるほど全面を貝で装飾する作品も数多く作られていました。いわば“螺鈿推し”の産地なんです」
武蔵川工房で使われる主な素材は、国産アワビだ。
螺鈿細工には、1~3mm程度の厚みを持つ「厚貝技法」も存在するが、高岡の青貝塗は0.1mm以下まで薄く削った「薄貝技法」を特徴とする。
「さらにいえば、うちで使う材料は0.1mm以下です。細かい部分だと0.07mmくらいまで薄くなりますね。薄くなるほど、貝特有の発色が強く表れるんです」
螺鈿の輝きは、構造色と呼ばれる発色現象によるものだ。シャボン玉やCDの一部が虹色に映って見えるのと同じ原理で、真珠層に入ってくる光の確度によって、青や緑、紫へと表情を変えていく。
「完成品を自然光の下で見ると、本当にきれいなんです。室内と屋外では全然見え方が違いますし、時間帯によっても表情が変わる。そこが螺鈿の一番の魅力かもしれません」
武蔵川氏は工芸高校卒業後、石川県立輪島漆芸技術研修所で5年間学び、家業を継ぐことに。伝統工芸士の1人として、螺鈿職人の道を突き進んできた。螺鈿職人にとって本当に難しいのは、技術そのものではないという。
「技術は、続けていけばしだいに上達します。問われるのは経験や感性。貝の光をどう見せるか、どこにどのような素材を使うのが適切なのか、そこが重要なのです」
20年以上にわたり工芸品を手掛けてきた一方、新しい取り組みにも積極的だ。
「時代に合わない製品ばかりを作っていては、先細ってしまう。技術は変えずとも、アイテムは変えていかなければならないと思っています」
そこで、スケートボードやガラス製品、スマートフォンケースなど、さまざまな製品に螺鈿を展開してきた。
「まず、若い世代に伝統工芸を知ってもらいたい。身近なものを通じて興味を持ってもらえれば、将来もっと本格的な工芸品にも目を向けてもらえるかもしれませんから」
そんな武蔵川氏が以前から挑戦したいと考えていたのが、腕時計の文字盤だった。
「螺鈿の輝きは、時計と相性がいいんです。光の角度で見え方が変わるから、身につけて持ち歩く時計なら、状況に応じてさまざまな表情を見せてくれると確信していました」
GARRACKとのコラボレーションは、まさに渡りに船だったという。
実際の作業工程は次のとおりだ。金属製の文字盤に研磨をかけた後、漆の密着性を高めるため下地材を塗ってから乾燥させ、さらに研磨をかける。
それから黒の漆の塗布→研磨の工程を2回繰り返した後、全面に膠(にかわ)を塗り、その上に細かく切り出した貝を乗せていく。
「下書きはできず、文字盤は真っ黒のまま。外側に置いたゲージを目安にして、感覚を頼りに貝のパーツを貼っていきます」
貝を貼り付け終えたら、お湯をかけて余分な膠を除去。その後、クリアなウレタンを塗装→研磨という工程を4回行い、最終のコーティングを行って完成に至る。
最も苦労したのは、大きさだった。本来、高岡螺鈿は大きな面積を豪華に装飾することを得意としてきたが、時計の文字盤は直径40mmほどしかない。そこでは、近年導入したというレーザー加工技術が新たな可能性を広げた。
「デジタルと工芸の融合ですね。微細な加工ができるため、細かな表現が可能になりました」
ただし、機械だけで完成するわけではない。貝の選定、配置、厚みの調整、色の表現。最終的には、職人の目と手に委ねられる。
「例えば『ウルトラマン』や『エヴァンゲリオン』、『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』コラボモデルでは、微妙な色彩の違いを再現するため、部位ごとに貝の厚みを変えて発色を調整しました。ほんの0.03mm程度の厚みの差なのですが、それで色の見え方が変わってくるのです」
最新の『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』モデルでは、使用するパーツ数も増え、作業難度も高まったという。
「『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』モデルは本当に大変でした。パーツ数が多く、これまで手掛けてきた作品のなかでもハイレベルだったと思います。でも僕自身、こういった日本のアニメ作品は好きなので、楽しい気持ちで作業にあたることができました」
武蔵川氏自身、アニメ作品のファンでもあるという。
「今は海外でも日本のアニメがすごく人気ですよね。そういう作品をきっかけに、螺鈿や高岡漆器を知ってもらえるのは本当にありがたいことです」
伝統工芸とアニメ。一見すると離れた存在のようにも思える。しかし武蔵川氏にとっては、ごく自然な発想だ。
「昔ながらの花鳥風月のデザインの中にキャラクターを入れたりとか、そういう表現も面白いと思っています。アニメだから特別という感覚はありません」
400年受け継がれてきた高岡の螺鈿文化。その技術は今、GARRACKの腕時計という日常の道具に宿ることで、新たな輝きを放ち始めている。
1981年富山県高岡市生まれ。2004年石川県立輪島漆芸研修所普通科(蒔絵)を卒業し、武蔵川工房入社。2015年には経済産業大臣指定伝統的工芸品の伝統工芸士に認定。繊細な表現と大胆な構図を用いた螺鈿細工は、数々のコンクールで表彰されている。
【プロフィール】
「MonoMax」「時計Begin」などで執筆。時計をはじめ、カバン、靴、革小物など、男のライフスタイルを彩るに欠かせないモノに詳しいライター。ブランドの歴史や製造背景への洞察をベースに、モノの魅力をわかりやすく解説。時代を塗り替えるテクノロジーや新たな文化の潮流にも鋭く目を向ける。